ドラえもんの有名数字「129.3」の誕生秘話には2つの説がある。元アシが語る異説と実は謎が残る定説について。

ドラえもんは身長、体重、誕生日などが全て「129.3」で統一されている事で有名です。そしてその数値に決めた理由が「当時の小4平均身長129.3cmと同じにしてのび太や読者を見下ろさないよう設定した」というのが知られています。その身長設定値が他のスペックにも適用された。という訳です。
しかしもう一つの説「アシスタント誕生日説」というものがあり、これら2つの由来が同時に存在するとつじつまが合わなくなる部分があります。それぞれについて説明していきたいと思います。

異説:アシスタント「羽中ルイ」の誕生日から採用したという証言

ドラえもんの誕生日は「アシスタント羽中ルイの誕生日9月3日から取った説」があります。この説は元アシスタントで漫画家のえびはら武司先生が当時を振り返って描いたエッセイ漫画「まいっちんぐマンガ道」内で紹介した物です。

読者はがき「ドラえもんが大好きです。たんじょう日はいつですか?」
方倉「こんなハガキが来ていますけど…」
F先生「考えてなかったなあ~」
羽中「ボクは9月3日で~す」
F先生「8月だと夏休みなので子供達には印象がうすい 9月はじめならなにもないのでちょうどいいな」
方倉「それで決めますか?」
F先生「とりあえずそれで!」
えびはら「そんな感じでカンタンにきまったのでした~!」

引用元:竹書房 えびはら武司「まいっちんぐマンガ道 ドラえもん達との思い出編」 P39

このようなやりとりで誕生日が決まったと紹介されています。アシが3人出てややこしいですが

羽中ルイ…誕生日が9月3日の人

方倉陽二…設定面を一任されているチーフ

えびはら武司…このやりとりを後年漫画化した人

です。

それぞれ別の値の理由だけど、「129.3」統一設定を考えると偶然すぎる

「身長設定129.3cmは小4平均身長から取った。」
「誕生日設定9月3日は羽中ルイの誕生日から取った。」
こう考えると別項目なのだからそれぞれが別の理由を持っていても一見問題はありません。
しかし、ドラえもんのスペックは全て「129.3」に統一されているという特徴があります。しかもその設定(身長、誕生日、体重、胸囲)は、小学四年生 1975年4月号「ドラとバケルともうひとつ」で全て同時に設定されました。
統一値を全項目に同時設定するのに2つの由来値があるというのは違和感のある状況です。
これは偶然の一致なのか?それともどちらかが信憑性のない説なのか?

それぞれの信憑性について読み解いていきます。

定説:平均身長説の信憑度。公式も触れているが謎はある。

「平均身長説」について公式の立場で説明した書籍には以下のようにあります。

繰り返し出てくる129.3の数字。誕生日さえも並べると129.3のごろ合わせになる。これだけこだわった数字にどんな意味があるのかと思えば、当時の小学4年生の平均身長から引用した、ということらしい。
のび太を平均的な小学4年生に設定し、彼を見おろさない身長ということで、ドラえもんを同じ129.3センチにした。身長だけにとどまらず、他のデータまで揃えるという徹底ぶりが何とも面白い。

引用元:小学館ドラえもんルーム「ド・ラ・カルト ~ドラえもん通の本~」1997/12/5

私の知る限り最も古い信頼度の高いソースになります。
この本は小学館のドラえもん専門部署「ドラえもんルーム」が藤子不二雄ファンクラブ「ネオユートピア」協力、藤子プロを監修につけて書いており、公式に関わる立場と最大のマニア集団が書いている本なので信用に足る情報と見ていいです。しかしそのような最も詳しい情報であっても、どこでの発言なのかといった情報が触れられておらず「らしい」レベルの説明に留まっているので、伝え聞いた情報なのかもしれません。
なお、藤子プロの描いた漫画の枠外コラムにも下記のようにあります。ここでも「らしい」です。

129.3は、ドラえもんの誕生日2112年9月3日にも活かされている。この数字は、連載開始当時の小学4年生の平均身長から引用されているらしい。のび太の学年が、小学4年生だからなのだ。

引用元:三谷幸広「最新ドラえもんひみつ百科1」P19 ドラ★コラム(1998/3/25)

ドラカルトの別ページで、平均身長説を補強するような情報もありました。

1979年、ドラえもんの人気に火がつき、全国各地のデパートの屋上などで、ぬいぐるみショーが催され始めたころでした。藤子・F・不二雄は当時のインタビューで語ってます。「ドラえもんは、小学3、4年生の子どもたちと同じくらいの大きさか、もしくは少し小さいくらいなんです。ところがぬいぐるみになると、大きくなってしまう。大きい上に大人が中に入っているから、これはもう、小さな子どもから見たら巨人になってしまう。ドラえもんを、子どもたちは見上げることになってしまう」

引用元:小学館ドラえもんルーム「ド・ラ・カルト ~ドラえもん通の本~」1997/12/5

平均身長値の採用とは言ってませんが、F先生がドラの大きさを小3~4あたりに想定していた事は事実のようです。
この情報を「こう言ってたのだから平均身長129.3の事もどこかで言ってたに違いない」と見るのか「この情報に尾ひれがついて、129.3cmは平均身長から取ったという説に変化した」と見るのかはわかりません。

確かに小4の平均身長が129.3だった事はある。でも謎が残る。

政府統計のHPに歴代平均身長が公開されています。1968年小4女子の平均身長が唯一129.3cmですので、これを採用したと考えられるわけですが謎は残ります。

・なぜ1968年の値なのか
ドラの身長設定が初登場したのは1975年4月号。7年も前の身長情報を使った事になります。まあ当時はネットも無い時代なのですぐ手に入る情報がそれしかなかっただけかもしれませんが、その時点で古いと分かる数値をわざわざ採用するだろうかという疑問は残ります。
・なぜ女子の身長なのか
のび太に合わせたと言うなら男子の身長を選びそうです。ドラえもんも男ですし。どちらかと言うとのび太に合わせたというより読者を見下さない事が重要で、女子の方が身長が低いからそっちを選んだという解釈はできますが、わかりません。

という事で「平均身長説」は公式の立場で繰り返し紹介されているくらいですから、よほど事実として扱って良いと思うのですが、明確な出典を提示できていない事や、採用数値が7年前の女子という妙に違和感のあるものだったりと鵜呑みにできない要素がある事は知っておいた方がいいかもしれません。

異説:アシ誕生日説の信憑度

アシ誕生日説の信憑度はどうでしょうか。これも肯定否定どちらもあります。

この説の肯定的な要素

時期的な矛盾は無い。一次情報の立場の証言。

羽中ルイは1972~1977に藤子スタジオ在籍。ドラ誕生日設定が作られたのが1975年4月号なので在籍期間と重なり矛盾は無いです。えびはら武司も1973年8月~1975年9月在籍なので一次情報を語れる立場です。

漫画内で2回も描いており、F先生の後押し理由も描かれている。

冒頭で説明したのは誕生日設定が生まれる瞬間の内容でしたが、えびはら先生は漫画内でもう1回ドラ誕生日に触れています。こちらは決まった時でなく、後日の話です↓

F先生「『ドラえもん』の誕生日っていつだっけ?」
方倉「9月3日ですよ 羽中ルイ君の誕生日からとったんですよ~」
(中略)
K倉さんが適当に描いたドラえもんの設定が本当の設定としてこの世に存在する事になってしまったのです。
その設定をK倉さんからよく聞いていた原作者でした。

引用元:竹書房 えびはら武司「藤子スタジオアシスタント日記~まいっちんぐマンガ道~」 P44「作者なのに知らないこと」

何度も描いているという事は印象にあったと思えますし、冒頭で説明した決定経緯では単に適当な誕生日の採用というだけではなくF先生が「確かに9月はちょうどよいかも」と判断する理由まで描かれており、一次情報に触れられたからこその描写にも見えます。

この説の信憑性が怪しい所。

まいっちんぐマンガ道以外での登場が全くない。

この説の登場は2014年。ドラえもんの長い歴史の中ではかなり最近で存命中に聞いた事のない話です。えびはら先生の紹介以外でこれに触れている例を見つけた事はなくgoogleで検索してもこの漫画の掲載日以前の情報は無く、最古の事例はこの連載に触れたツイートだけでした。

「2014年に初めて世に出た新情報!」か「えびはら先生の記憶違い情報」かのどちらかになり、別の裏付けが無い以上えびはら先生の記憶にかかってます。

えびはら先生の漫画には記憶違い情報、盛り気味エピソードも多々ある。

えびはら先生は当時の書き損じ原稿を今でも保存しているなど物持ちが良く藤子不二雄両先生への尊敬も大変強い人ですが、とはいえ当時の資料はほぼ無く記憶で描いた漫画であると説明があります。またマニアが見て明らかに間違いという情報もけっこう確認されており、全てを真実としない方がいい感じの内容です。

40年以上前の当時の資料はほとんど無く、あいまいな私の記憶という、この世でもっとも頼りないものだけで進めていくしかない作業なのでした!
きちんと描いているようで、けっこう~適当な、しかも思い違いの多い、あいまいな内容になっているのも、けっこうあると思います。
それを頭に入れて、皆さんも軽~く読み直してくださると嬉しいです。
「軽く、軽~く」ですよ、マンガなんですから…!

引用元:竹書房 えびはら武司「藤子スタジオアシスタント日記~まいっちんぐマンガ道~」P180 あとがき

また漫画として面白くするためか「盛り気味」なエピソードも多いです。
例えば「ジャイアンの本名「武」はえびはら武司から取ったものでは(実際はえびはら入社前から武の名は登場してる)」「エスパー魔美のお色気路線はえびはら先生の代表作まいっちんぐマチコ先生を意識したものでは」等の紹介があるのですが、それらは「当時えびはら氏がそう思ってF先生に聞いてみたが、F先生は偶然だとはぐらかした。強く否定しなかったからこれは事実に違いない」という感じで、あくまで「えびはら先生はそう信じている」というレベルに留まるエピソードも多いです。こういう事もあり藤子マニアの間では、「貴重な一次情報源ではあるが、記憶違いもあるので鵜呑みにせず慎重に扱う素材」という姿勢で見られている感があります。私もそれくらいの距離感で見ています。
なのでドラ誕生日も同誕生日のアシがいたという偶然を、そこから取ったと信じて漫画的に面白く描いただけという可能性はあります。

考えられる仮説

「身長を小4平均から取った」
「誕生日を羽中ルイから取った」
「全て同じ数値に統一しようとした」
この3要素を別個に考えたら偶然全部成立したと考えるのは都合が良すぎるので、何かが引っ込まないといけません。これら値は全て同じ号で発表されてますので、同じ検討タイミングで全て決めたと思われます。
個人的には、ドラの身長を小3~4に想定してたと言うF先生の言質は取れていますので、平均身長が完全に誤りという事はないと思っています。また「目線を揃えよう」「値を統一しよう」に比べると「アシの誕生日を拝借しよう」は意志が感じられず、これが優先されるとは思えないというのもあります。そんな前提において下記のようなパターンが考えられるのではと思っています。

・仮説1:身長から定まった。誕生日は誤情報。
まず身長を決めた(小4平均から採用)。その数値129.3を誕生日や体重などの他の設定値に統一的に採用した(羽中ルイ誕生日説は誤り)。いわゆる通説と同じ考え方です。

・仮説2:誕生日がまず定まった。身長は大まかに採用。
まず誕生日を決めた(羽中ルイから採用)。次に身長を「小4くらい」とは想定したものの、その数値を統計情報などから精緻に拾ってきたのではなく、「だいたい130前後」みたいな情報と93と合体させて129.3という数値を作り出した。あとは体重などを統一的に採用した。という考え方です。

仮説2を前提とした 1975年検討時のやりとり(想像)

方倉「ドラえもんの身長体重などの設定を一つづつ決めていこうと思います。まず誕生日をどうしましょう。」
F先生「特にイメージはないですが…」
羽中「僕の誕生日は9月3日でーす」
F先生「9月上旬は確かに他のイベントないし、それでいいんじゃないでしょうか」
方倉「次に身長を考えましょうか」
F先生「読者と同じくらいの身長を想定しているんです」
方倉「では、のび太の基本設定の小4ですか。平均は130前後くらいですね」
F先生「では、先程の93と組み合わせて、129.3cmはどうでしょう。そして体重なども全部129.3で揃えるというのはどうでしょうか。」

・仮説3:統一する気が無かったのに、偶発的に統一アイデアが生まれた。
当初は数値統一は考えておらず、全部個別の値を設定しようとして身長は小4平均から、誕生日は羽中ルイからそれぞれ別個に採用した。そうしたら偶然「93」部分が一致したので、体重などの他の値も全部統一するというアイデアが生まれ、そのような設定になった。(統一が偶然の産物)という考え方です。

仮説3を前提とした 1975年検討時のやりとり(想像)

方倉「ドラえもんの身長体重などの設定を一つづつ決めていこうと思います。まず身長をどうしましょう。」
F先生「読者と同じくらいの身長を想定しているんです」
方倉「では、のび太の基本設定の小4に合わせましょうか。平均は129.3cmですね。」
方倉「次に、誕生日を決めましょう。どうしましょうか」
F先生「特にイメージはないですが…」
羽中「僕の誕生日は9月3日でーす」
F先生「9月上旬は確かに他のイベントないし、それでいいんじゃないでしょうか」
F先生「おや、身長の129.3cm、誕生日の9月3日、「93」が揃いましたね。なら生年月日も2112/9/3にして体重なども全部129.3で揃えるというのはどうでしょうか。」

まとめ。結局わからないけど、小4の平均身長は必ず影響下にあると思う。

公式メディアなどでも良く言われているのだから広く知られた仮説1が正しい論、という事でいいのではとは思います。また、例えば仮説2のようなやりとりがあり「ドラえもんは小4と同じくらいと想定はしていたが、国の統計調査情報から数値をとったわけではない」という状態だったとしても、後年の表現として「ドラえもんの身長は小4の平均身長から作り上げた」と言って差し支えない状態ではあります。なので結局のところ、平均身長から取った。という表現はどれでも当てはまるのかもしれません。

おまけ。野暮なツッコミ

平均身長から取ったという逸話が「子供を見下ろさないF先生の優しさが伝わる美談」という形でよく紹介されます。確かに意図はその通りだと思うのですが、よくよく考えるとツッコミ所があります。平均身長なのだから小学四年生の約半分はそれより身長が低いという事になります。つまりドラえもんは半分の小4を見下ろしているという事になっちゃいますね。まあ「目線を合わせる」というニュアンスなのでしょうからこれを言うのは野暮というものですね。

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