帰ってきたドラえもん映画版ラストの「反対語表現」の気になる点を分析してみた。

名作「帰ってきたドラえもん」。ラストは道具の効果で「のび太が本心と反対の事を言いながらドラえもんとの再開を喜ぶ」というものです。これが原作とアニメでセリフが少し違い、特に有名なのは1998年映画版で、個人的にはちょっと気になるアレンジがされているので、その箇所となぜ気になるのかを分析します。

それぞれのセリフ紹介

原作漫画と映画版でのセリフの違いは下記です。状況としてはひみつ道具「ウソ800」の効果で、話した内容がウソになってしまう状態のため、のび太はドラえもんへの気持ちを全部反対にして伝えている状態です。

うれしくない。これからまた、ずうっとドラえもんといっしょにくらさない。

引用元:てんとう虫コミックス7巻「帰ってきたドラえもん」

ぼく、うれしくない!絶対別れたい!これからまたずうっとずっとドラえもんと暮らさない!ドラえもんなんか大っ嫌い!

引用元:1998年映画「帰ってきたドラえもん」

原作では「うれしくない」「暮らさない」という感じで、「本心+否定語」という文法で揃っています。
一方、映画版での追加セリフは「大嫌い」「別れたい」という感じの「意味的な反対語」になっています。これが私の思う違和感で、これを分解したいと思います。

違和感の分析

語感の強さ

単純に「大嫌い」という言葉は語感としてキツイ印象です。ドラえもんに嫌いという言葉を投げかけるのは視聴者視点ではちょっとビックリして、感動のシーンを味わっている所に水を差される感覚を覚えます。「別れたい」もそこまで強くないものの同様です。
これが「好きじゃない」「居たくない」であれば語感としては柔らかくなりますので感動の邪魔をしません。

本心を理解する認知負荷

反対語だと、視聴者はその意味的な反対を脳内で考える必要があります。メイン視聴者の子供でも「大嫌い」の反対が「大好き」な事はすぐ理解できるとは思いますが、でも「好きじゃない」のような単純否定の方が認知負荷はより低く済みます。
また「別れたい」のような言葉は反対語を一意に定めにくいので、「居たい?会いたい?」と認識の迷いが生じ、のび太の本心を明確に定められないというのも構造的な問題です。
「好きじゃない」なら本心が「好き」である事が明確ですっと入ってきますし、「本心+否定」の方が優れた文法と言えそうです。

のび太のキャラ、心情を考えた場合の違和感

これは視聴者目線ではなく、キャラクター側に立った時の違和感です。
のび太は勉強が苦手なキャラですし、またドラえもんと再開できて感極まっている状態です。この状況で反対語を使うという事は脳内で本心の反対語を考え話していた事になり、妙に冷静な対応に見えのび太の心情とのギャップを感じます。
それよりも、思わず本心が口から出て、それをあわてて「じゃない」と否定語にしたような、感極まって語彙力が低くなっている状態の方がのび太の心情的にはピッタリに感じます。

「別れたい」は二重反転?

「別れたい」は「居たい」の意味的反対というよりもしかしたら本心で表したい言葉は「別れたくない」(本心がそもそも否定語の入った言葉)で、それを逆の意味にするために否定語を取り除いた形で話した。という解釈もできます。だとするとこれもいたずらに難しい文法運用です。認知負荷は高いです。

という事で、様々な理由で反対語演出よりも原作の「本心+否定語演出」の方が優れていると感じます。

他のバージョンではどうだったか

この話は映画版以外にも他に3回映像化しているのでそれらではどうだったのかもまとめます。全パターン見て気づいたのですが、どのパターンも何かしらのセリフ追加がされています。おそらく感動的な余韻を残しながら話を締めるには原作のセリフでは短すぎて、長くする必要があるという事なのかもしれません。どのように伸ばすかにセンスが問われるということのようですね。

まずは一番最初にアニメ化した1981年版は↓

のび太「ぼく、うれしくない!これからまたずうっとドラえもんといっしょにくらさない。本当にうれしくない!絶対ドラえもんと離れたい!

引用元:1981年1月3日放送「帰ってきたドラえもん」

初期のアニメなので比較的あっさりとした作りですがそれでも独自要素があり、最後の「絶対ドラえもんと離れたい!」が反対語です。または「離れたくない」という、本心が否定語なのを打ち消している二重反転パターンかもしれませんが、どちらにしても複雑な運用です。

次に、わさドラでTVアニメ化したのはこうです。↓

のび太「ぼく、うれしくない!これからずうっといっしょに暮らさない!」

引用元:2009年3月20日「さようならドラえもん」

ほぼ原作通りのセリフ内容で、のび太のセリフに追加っぽい要素はありません。なので原作同様に「本心+否定語」運用で一貫しています。
代わりにのび太のセリフの後にドラえもんが「うん…ぼくもだよ、のび太くん。ただいま。」というセリフを言い、余韻をそこで作っています。個人的にはこれくらいのアレンジが一番好みです。

3D映画「STAND BT MEドラえもん」でもラストは帰ってきたドラえもんの話になるので同様のシーンがあります。↓

のび太「うれしくない!全然うれしくない!ちっともうれしくない!本当にうれしくない!これからもずうっとドラえもんといっしょにくらさない!くらなさないんだ…くらさない…絶対にいっしょにくらさない。」

引用元:2014年映画「STAND BY ME ドラえもん」

原作の言葉だけ使った形で収めています。同じ言葉をひたすら繰り返して伸ばすと言う対応にしたようです。ちょっとくどいですが反対語を使わない点ではなんとか上手くやったという感じではないでしょうか。

まとめ

という事で、アニメ化にあたり様々に余韻を作る努力をした結果達ではあるのですが、その中で「大嫌い」「別れたい」というワードで対応したバージョンは
「直接的で言葉がきつい」「本心に変換する認知的負荷」
という視聴的側面と
「のび太の状況的に合わない冷静さを感じる」
というキャラクター感情の不自然感が出てしまうという事で、あまり上手くないなという感想まとめになります。原作の安直な否定語つけたしの方が語感、認知負荷、のび太の心情ともに見事に表現できているなと改めて原作のシンプルながら無駄の無いつ作りに感心します。

補足しますと原作のび太もジャイアンに仕返しする時は「いい天気だ」「ママに褒められる」と言った反対語パターンの言葉を使っていました。ただこの時はある程度冷静な状態なので使っていてもおかしくないですし、仕返しなので本心が悪いことであり、反対語にすると良い言葉に変換されるのでその点でもキツさが出ないのも良いと思います。

また映画全体は渡辺歩監督による繊細な情景描写が素晴らしく非常に完成度の高い作品です。また「大嫌い」のセリフも小原乃梨子さんの名演で愛ある感じになっておりキツさは感じにくくはなっています。とはいえ、あのセリフも「好きじゃない」「居たくない」みたいな方が良かったのにな~というのが私の感想です。


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