2025年7月19日「世の中うそだらけ」という原作にもある話が放送されました。
この話にはジャイアンとのび太がアイスの料金を巡って騙し合いが発生しますが、これは落語「壺算」が元ネタであると言われており(F先生は大の落語好きで、下地にした話が多数あります)ドラの話と比較しながらそのネタからどのように取り込まれているかと、それとは別に独自展開する部分についてまとめたいと思います。
落語「壺算」はこんな感じ
wikiや複数のネタ書き起こし(1,2,3)を見た所、噺家によってアレンジはあるものの値切りの基本ロジックは共通しています。原文はリンク先に任せ、ここでは要点説明します。
なお値段についてはネタによって違ったり単位が古いので、今回はドラえもんに合わせる形でアイスの値段に近い感じで表現し、ドラに関係のある所に絞り込んで説明します。
買い物上手のお客Aが、大型壺(小型壺の2倍)を買いに行く。壺店で店主Bとやりとりをする。
1.Aはなぜか小型壺を買おうとする。定価60円を50円に値切る。
2.一旦Aは小型壺を50円で購入。しかしやはり大型壺が欲しかったと返品交換を申し出る。
3.大型壺の値段を確認。Bは「小型壺の2倍だから定価60円✕2で120円」と言うが、Aは「小型壺を50円で売ってくれたなら50円✕2で100円だろう」と値切り、成功する。
4.さらにAは、「さっき50円払った。さらに小型壺(50円相当)も返す。合わせて100円分渡した事になるから、大型壺(100円相当)をくれと要求。Bは変に思いながらもまんまと黙され大型壺を渡してしまう。
結局、Aは本来120円の大型壺を50円の支払いで購入してしまった。
騙し合いではなく客側が一方的に値切る話で、その根切りと騙しのロジックが落語の方が複雑です。「単純値引き→その額を単価前提とした2倍品の購入→単なる返品を支払いに見せかけて半額化」という感じです。最初の値切りと二倍品の単価交渉は商談の範囲内という感じのテクニックですが、最後の半額化は騙しロジックになっており、後述するジャイアンのロジックはこの内2と4のみで構成した「騙し特化型」になってます。
ドラえもんではシンプル化する場所と、追加的な場所がある
「世の中うそだらけ」ではそのネタをどのように使っているでしょうか。下記のようになります。
ジャイアンがのび太からアイスを買うためにやりとりをする。のび太は50円アイスと100円アイスを持っている。
1.まずジャイアンは50円支払い50円アイスを購入する。しかしやはり100円アイスが欲しいと返品交換を申し出る。
2.ジャイアンは「さっき50円払った。さらに今から50円アイスも返す。合わせて100円分渡した事になるから、100円アイスをくれと要求。のび太はまんまと騙され100円アイスを渡してしまう。
結局、ジャイアンは本来100円のアイスを50円だけの支払いで購入してしまった。
根切りや単価変更のロジックは省略され、「単なる返品を支払いに見せかけて半額化」という部分に絞り込んだ話にしています。これは今回の話が「嘘」にフォーカスしているので、根切りテクニックのような嘘でない要素をカットしたのかしれません。
一方、「世の中うそだらけ」はこの後に壺算には無い逆襲パートがあり、これも壺算のような面白い騙しレトリックが展開します。のび太は道具「ギシンアンキ」を飲んだ事でさっき騙された事に気づき、ジャイアンに支払い要求しにいきますが、それどころか逆にだまし取る所までやります。
のび太は、さっきの支払いが少なかった事に対してジャイアンに迫る。
1.ジャイアンは素直に50円の支払いに応じる。しかしのび太は100円払えと言う。
2.のび太の主張は「現金50円しかもらってないのにジャイアンに50円アイスと100円アイスを渡した。50円アイスは返却されたが現金50円と合わせて100円アイスの代金になるのでもらってないのと同じ。」
3.のび太は50円しか受け取ってないのに50円アイスと100円アイス(計150円分)を渡したのだから差し引き100円支払う必要があると主張。
結局、ジャイアンは100円アイスを得ただけなのに総額150円の支払要求状態(さっきの50円に加えて追加で100円払え)になった。
2については書いていてもよく理解できない謎ロジックです。ともあれ最終的な結論である3の「のび太は現金は50円しか受け取ってない。アイスは50円アイスも100円アイスも渡した。だから100円追加で支払え」というのが肝ですね。50円アイスが返却された事実を煙に巻いた状態です。壺算の応用的なロジックですね。
なおジャイアンはのび太を殴って支払い拒否をします。
その後あれこれあってジャイアンが返却する流れになりますが、そこでも騙しが始まります。
のび太は食い下がり100円の支払い要求を続ける。根負けしたジャイアンは100円払う事にしたが、やはり50円が適切だと思えるので一計を案じる。
1.ジャイアンは、ただの50円玉を「裏の模様が表に、表の模様が裏にある珍しい50円玉」だと誤魔化し、これを100円の代わりに支払うと言う。
2.のび太は得した気持ちになりそれに応じる。
結局、それぞれ適切な支払い状態に落ち着く。
最後はお金のやり取りの混乱的な騙しではなく、50円玉の価値を偽るという別観点の騙しになります。壺算には全く無いネタですが、これも何か着想ネタあるんでしょうか。
のび太は再度騙されたのだけど、過剰請求が適正化しただけなので結果としては損得無く終わる、という話です。
という感じで、元の落語は騙し以外にも色々な口八丁で段階的に値切る面白さって感じですが、世の中うそだらけは双方が様々な嘘で騙し合うというのが面白さの肝になってますね。
新規アニメでは図解入りという発展する。何気にすごいのでは。
今回放送したアニメ版は文字や言葉だけでなく、図解を使ってわかりやすく説明していました。原作漫画は文字だけ、落語は言葉だけなのでそれでも十分表現できるとは思いますが、視聴者層を考えるとわかりやすくした方がいいのでこのアレンジはいいと思います。
でもこれって何気にすごいと思います。何せ実際は嘘なのですから、言葉だけなら誤魔化せる所を図示するとその嘘に気づきやすくなる可能性もあります。しかし放送した内容はいい感じに図で分かりやすい風の映像を出しながらも、実ははミスリードという感じに演出されました。これは上手いと思いました。
ちなみに2006年7月7日に放送したバージョンでも軽い図は登場しましたが、今回の方がより詳しい感じになっていました。
おまけ:ドラえもんと落語の関係
F先生は落語が大好きで、漫画を描いている時も様々な落語を大音量で流していたとされます。なので落語を下地にした話も多く存在し、ドラえもんでも「人間切断機」は落語の「胴切り」などを着想元にしていますし、また「テケレッツノパー」「アジャラモクレン」等のようにフレーズレベルで使っているものもよくあります。
また今作「世の中うそだらけ」で素直すぎるのび太に「もう少しこすっからくてもいいがなあ。」と言うセリフがあり、聞き慣れない言葉ですが「ずる賢い」みたいな意味です。これは元ネタ落語「壺算」にも登場する言葉で、ずる賢いレベルで買い物上手の主人公に向けられた言葉です。道具を使ったのび太は壺算の主人公のようにこすっからくなるわけですが、こういう所にも落語ネタを落とし込んでますね。
また後年、逆にドラえもんの原作話を落語にした事もあり、落語家の林家たい平によって演じられた「ドラ落語」というもののがあります。
演目は「ライター芝居」「この絵600万円」「いたわりロボット」で、これ自体は落語が元ネタというわけでは無さそうですので、F先生オリジナル話が落語に落とし込まれたというものです。もしかしたらF先生の血肉になった落語的なテンポがこの作品にはあって、落語にしやすいネタだったのかもしれませんね。(落語には詳しくないので、この辺りに詳しい人がいましたら教えて下さい)
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