ドラえもん映画はSF(すこしふしぎ)の物語で様々な超常要素が登場しますが、ファンタジーやオカルトとの境界線は一体どこなのか。その差は単に科学的か否かではなく「説明の義務を果たしているか」にあるのかなと思います。F先生の原作は、超常現象や異種族を登場させる際に読者を十分納得させるためのロジックを提示し、無説明の奇跡はあまりありません。その説明ロジックについて3パターンに整理しました。
ですが一部作品、特にF先生没後の作品は「これは説明無さすぎじゃない?」みたいな無説明でドラ的リアリティラインを超える作品もあり、ライン超え映画についても分析したいと思います。
ドラえもん映画は原則、超常に説明をつける。
ドラ映画はフィクションの程度としてやっちゃダメみたいな制限は少なく、例えば魔法が登場しても問題ないのですが、しかし「なぜそれがあるのか」の説明は怠らないのが基本原則のようになっています。
F先生の原作大長編から共通項を整理すると、超常要素について大きく3種類「SF科学的説明、未来技術(道具)、宇宙の広大さ」を使って説明しているように思えます。

SF科学的説明パターン。地球上の異種族に採用されがち。
その映画専用の作中SF説明を用意して納得感を出すパターンです。
地球に住む異種族のような超常存在がいる理由などは、進化論などのSF的な理由が付けられます。「大魔境」は数百万年前の隔離地形でガラパゴス的に独自進化した犬種族、「海底鬼岩城」は数億年前に陸から海に戻った(クジラのような進化を辿った)種族と言った感じです。地球に異種族がなぜ存在するのかの説明義務はSF的なアプローチで果たそうとしており、無説明で存在させる事はほぼ無いです。
未来の技術で説明するパターン。
ドラえもんの世界はひみつ道具があるので22世紀以降はある意味なんでもありのフィクションを許容します。未来を理由に使えば何が起きても道具や未来技術でだいたい説明可能になります。
未来人のしわざパターン
大昔が舞台なのにそこに超常の現象や存在が現れるタイプで、「日本誕生」の石器時代の超現象は23世紀出身のギガゾンビの仕業だったり「ドラビアンナイト」の魔法的現象は全て未来人の道具であったというような説明がされます。
道具で世界創造パターン
道具の力で超常世界を創造するパターンもあり、この場合は中で何が起きてもおかしくないという事になります。「魔界大冒険」は道具で作られた魔法世界、「創世日記」は道具で作った新地球、「夢幻三剣士」は道具で夢の世界を冒険する等です。
後続作品でもこの形は多く、過去の世界で未来人が超現象を起こすのは定番で「南海大冒険」は未来の犯罪者、「空の理想郷」も未来の犯罪者です。
世界創造系は「月面探査記」等に部分的に見られ、また舞台を未来にしてにしてひみつ道具的な不思議を当然とする「ひみつ道具博物館」という変化球もあります。
広大な宇宙を理由にするパターン。宇宙人はけっこう自由。
舞台が宇宙になって宇宙人との交流になった場合、その星の法則や宇宙人の出自は無説明で「そういう星や種族もある」と言う感じで済まされる事が多いです。「宇宙小戦争」の小型宇宙人の理由や、「宇宙開拓史」の鉱物ガルタイトの仕組みとかも無説明です。宇宙は広大なので、地球の常識が通じない超常的な星や人も確率的にはあるだろうという理屈で通している感じです。
根本的な超常要素は宇宙に任せているものの、その中で現実感を感じさせる説明は試みられており「宇宙開拓史」では重力が小さいから相対的に強くなれるとか「宇宙小戦争」では宇宙空間で本当は音はしないという説明が入ったりとか、荒唐無稽にならないよう繋ぎ止めてもいます。
後続作品でも「宇宙漂流記」「宇宙英雄記」などの作品は、宇宙なら幻惑や念動力が出てきてもOKというラインで作られているように見えます。
複数組み合わせもある。
複数を組み合わせたものもあります。「竜の騎士」の地底人は6500万年かけて恐竜から進化した種族というSF設定を基本としますが、その6500万年前のきっかけを作ったのはドラえもんの道具(未来技術)という形です。「鉄人兵団」「アニマル惑星」は、メインの種族は別星の博士が生み出したというSF説明が入りますが、そもそもその博士が何者かは「そういう星の宇宙人がいた」という説明で済ませます。
後続作品も「ワンニャン時空伝」はきっかけは道具、ワンニャン族になったのは進化の末という感じです。
ドラえもん映画のライン超えっぽい連中たち
ドラえもんは許容範囲の広いものの映画毎に異なるリアリティラインをそれぞれの作中説明でコントロールしています。しかし作品によってはお作法的にちょっと変じゃない?ってのもあるので、個人的にライン超え感のある映画と現象を挙げていきます。
風使いの村の全般(ふしぎ風使い)
トップクラスにフィクション設定が変な映画です。
今作の舞台はどこでもドアで到着した場所なので、現代の地球上のどこかです。なので超常要素に説明が欲しい状況ですが、無説明で多数登場します。
・超常レベルで風を自在に操る風の民
・空飛ぶ羊等、独自生態系(プロペラ持ちなど生物レベルを超越した動物も)
・人語をテレパシーで話し太古の知識を持つもののけのような動物、ヤーク
・龍のような風の化物、マフーガ
・霊魂として存在し憑依能力や念動力も使える存在、ウランダー
整理すると「オーバーテクノロジーの現代地球人」「独自生態系の動物」「霊体、怪物等のオカルト」という別軸のフィクションが混ざっています。ガラパゴス進化したのかもと好意的に脳内補完したとしても霊魂やテレパシーの設定などは説明つかず、ファンタジー映画に近いポジになっています。
黒幕が22世紀の科学者Dr.ストームなので「こいつが生み出したのか?」って一瞬思いますが、未来技術はこの件に全く関係せず、元々存在した物を狙いに来た存在なだけです。
魔女レディナ(太陽王伝説)
舞台のマヤナ国は時代も場所も不明ですがマヤ文明をモチーフとしているので古代の中米辺りと思われ、タイムホールで到着するので地球上の古代都市という扱いです。が、ラスボスのレディナは本当に魔術を使います。怪鳥の目と口を通じて水晶玉越しに遠隔視や遠隔会話が可能で、本来は老婆なのに若返っており、また「食の儀式」を通じて生贄の体に魂を乗り移れるとされます。トリックのレベルを超えているので本当の魔術っぽいです。ドラ映画の定番だとこういうキャラは本当は未来人だったりするのですがそういう説明なく本当に魔術使いとして登場するという通常のリアリティラインを超えたキャラです。
ゴールデンヘラクレス、ロッコロ族(奇跡の島)
舞台のベレーガモンド島は時代不明ながら未来(たぶん22世紀)と思われる地球上の島です。
ここには未来技術とは無関係に6500万年前から生きており永遠の命を持つカブト虫「ゴールデンヘラクレス」がおり、そこから出るエネルギーは島全体の生物に生命力を与えるという超常的な設定です。
そのような物が存在する理由として、6500万年前に隕石が降ってきて宇宙パワーで島の生物の生命エネルギーを高めたと言う説明は登場します(宇宙パワーが不死のカブト虫を作ったのか?隕石自体がゴールデンヘラクレスなのか?その辺は描かれません)。
なのでアプローチとしては宇宙由来を理由にしてSF説明したパターンの一種なので説明責任を果たそうとはしているのですが、飛躍が大きすぎる(やってる事がスピリチュアルすぎる)気がして地続きの説明している感じは薄めです。
またこの作品は逆の説明不足「なんで未来の島なのに原始的なロッコロ族がいるのか?」というものもあり、武器を知らない、ひみつ道具に驚くという感じで外部と断絶しており、とても未来人とは思えない未開っぷりで無説明な事に違和感のある連中です。
クレアの夢能力(絵世界物語)
舞台のアートリア公国は。13世紀ヨーロッパに存在したという設定の国なので現実的な人間キャラが登場します。しかしメインゲスト、クレアは幼少期から正夢を見る事ができ、また最後も夢を通じて未体験の記憶を共有していたとされており、謎の夢能力を持つ超常キャラとされています。
この作品のクレアは2種類いて、一つは本当の人間のクレア、もう一つはひみつ道具で絵の世界から実体化した絵のクレアです。後者は道具によって誕生したので特殊能力を持っていてもおかしくないですが、前者のクレアまで持っているのは現実世界を舞台にしたリアリティラインでは違和感のあるキャラです。
ただこの作品は個人的には「こう考えたらその謎が解けるのでは?(どうどう巡りの輪説)」という考察しているので、興味あれば参照ください。
天上人(雲の王国)
F先生の原作なのですが一応紹介。
地球上に住む異種族には必ず説明を付けてきたF先生ですが、この天上人だけは明確な誕生過程を描いていません。作中に神話という形でうっすら「古代に隕石の影響で乗れる雲が発生、それを偶然見つけ移住した人間(種としては地上人と同じ)」と示唆されおり無説明という程ではないですが、いつもなら神話を提示した後にSF的真相を明らかにする(竜の騎士やアニマル惑星)のにしていない点で珍しい1です。(天上人の出自考察もしています↓)
原作でも柔軟だから、こういうのも含めてドラえもんではある。
という事で映画のフィクション説明について語ってきましたが、F先生の原作短編でも時々リアリティラインが変なキャラが登場する事はあり、「ドンジャラ村のホイ」の小人族は特に説明無く存在する地球上の小型人類として登場しますし、「きんとフード」では筋斗雲が野生に住む実在の生き物、「お化けたん知機」ではオバケが実在したり。元々この辺の柔軟さがあるので、地続きの説明があるパターンの方が巧みだと評価しつつ、時々はみ出した作品があるのも懐の深さ、味の一種って事で見てます。
また、もし「太陽王伝説」が未来人みたいな設定だったら「また未来犯罪者か…」となる弱点もあるので、時々こういうイレギュラーを入れるのもスパイスなのかもしれません。
脚注
- この作品はF先生が体調不良で原作後半をその時点では描けず、あらすじを伝えて監督らが映画を先行完成させ、漫画原作は後に追認的に描いたという形式を取っているため、そういう事情でディティールが失われた可能性はあります。 ↩︎




コメント
原作者存命時代作品だと『ドラビアンナイト』のこれが無茶苦茶分かりにくいと思います。
1:絵本入り込み靴を使うと絵本の世界に行ける→道具で世界創造パターンか。
2:静香ちゃんが中にいる状況で絵本が燃やされ消失→他の絵本から入れるとかかな?
3:ドラ「調べたらアラビアンナイトには実在人物がいたのでタイムマシンで助けれるかも!」→は?
(まだ「絵本の世界で静香が行方不明になったから皆で入って捜索」なら分かるのですが・・・)
個人的に考えてたのは「道具のサボり(?)説」で、以下のようなルール。
A:絵本入り込み靴は「靴が本の内容を読み取ってそういう異世界を作り出す」(絵本をシャッフルすると無茶苦茶な展開になったのはそれ)
B:ただし「実話」を読ませると異世界創作が省略されて直接現地に飛ばす。
C:アラビアンナイトはたまたま該当部位(しずかが入ったページ)が実話(本編のシンドバッド爺さんが目撃された情報?)だったので現地飛ばしになった。
ただこれ、ドラえもんが過去のアラビア到着後「架空世界と現実世界の壁がぼやけてきている」とよく分からんことを言い出すのが謎なんですが…
>ライン超え感のある映画
『ふしぎ風使い』はウランダーの設定自体が藤子漫画の異例なケースなんですよね。
藤子漫画って魂があって入れ替わったり、生まれ変わりのネタは多数あるのですが「死霊」が意外に出てきません。
(Q太郎はオバケですが、死んだ人間の魂とかではなくああいう種族で「妖怪」と呼ぶのが適切です。)
貴重な例外が『なくな!ゆうれい』という短編で表題の幽霊はガチの死霊です。あとは確定ではないのですが『山寺グラフィティ』ぐらい?
ウランダーやレディナは他人の肉体を乗っ取る(乗っ取ろうととする)描写があるので、ヤドリみたいな宇宙人でもよかったかな?
地球侵略の尖兵にしては層が薄すぎるのであくまで個人でお山の大将状態で満足してたってするのが無難だと思いますが。
>「説明の義務を果たしているか」
少々違いますがドラえもん大長編のよく考えると変な所に「地球人同士(異種族含む)では翻訳コンニャクを使ってから会話することも結構あるのに異星人とは特に説明なく出会って速攻普通に通じる」・・・逆では?
(例外的に『宇宙小戦争』ではパピ側が翻訳ゼリーなるものを使ったと説明)
もしかして藤子F先生は「他の星と交流するような連中は翻訳コンニャクみたいな道具標準装備」って思ってたのでしょうか?
コメントありがとうございます。
確かにドラビアンナイトは2つの説明義務が発生している状況という事ですね。。
「現実世界に魔法のような黄金宮があるのはなぜか?」は、未来人の置き土産という明確な説明をしているけど、
「絵本入りこみ靴の世界にタイムマシンで行ける理由は何か?」は絵本が実在の話ベースだから(もしかしたら繋がるかも)というかなり希望的観測で説明している感じですね。
ウランダーは霊魂的な存在でありながら、Dr.ストームの四次元ペットボトルで吸い込めるので、寄生生物的なものにした方が設定的な相性は良さそうですね。
確かに宇宙は言語レベルで説明をスキップしがちですね。パピとかサピオみたいに向こうから来たなら相手側から対応してくれるのはわかるけど、ロップルとかチッポみたいなのは本当にスキップって感じですね。